屍鬼、二次創作 原作後捏造。
静信×沙子 SSイラスト。

Fly me to the moon (3)
暖かな腕の中に戻れて、凍えが解けた。
室井さんの手に少し力が加わり、胸が近づいてきて、わたしを保護してくれる空間が狭まる。
抱きしめられる、と思った。
だめ。また。
ときめく動揺に耐えられない。
長いツーリングのあいだずっと密着していたほてりから、やっと冷めたのに。
わたしは優しい抱擁から、くるりと逃げてしまった。
その瞬間、室井さんは
息をのんで、それから別の方向へ離れて行った。
柔らかい小花を裸足で踏みながら、草がふかふかと密生した場所を見つけた。
濡れたスカートをなるべく広げて、濡れた足を投げ出して、月光をあててみる。
葉をちぎっては草笛にした。どんな葉っぱでもうまく奏でられない。
葉っぱを捨てて、歌を口ずさむ。
恋のうた。恋をしているうたを。
抱きしめて。キスして。手を離さないで。愛してる。
うたに感化されて、恋するときめきが激しくこみ上げてきてしまって、
芯からくらくらと崩れるからだを斜面に預けた。
「 愛してる 」 小さくつぶやいてみた。

満天の星空がわたしに覆いかぶさる。
天の川や星雲がとても素敵。
「 大好き。」
「 大好き。大好き。大好き。」
わたしまだ、星を見に連れてきてくれてありがとうって言っていない。
叩いてごめんなさいも言っていない・・・
「 沙子 」
穏やかに呼ぶ声。すぐ近く。どきんとした。
わたしの足の裏に付いている、踏んでつぶして枯れた花びらを取り除いてくれる。
髪やドレスについた草笛の残骸も取ってくれる。
片手には、川辺に脱いで置いたわたしのシューズを取って持って来てくれている。
そして隣に室井さんは座った。

だめ。
からだの半分を、室井さんの反対側にそっぽ向かせた。
好きすぎて、行動がどうしてもおかしくなってしまう。
星。綺麗。ありがとう。
精一杯言ったつもりだけど。ずいぶんそっけない言葉になってしまった。
星空を見たがった思いを伝えようと、星の位置や伝説を語り続けた。
アルタイルとベガはあれよ、と教えてあげた。
優しそうに見つめてくれる。聞いてくれる。わたしの気まぐれを、受け止めてくれる。
「 無数にあるけれど。沙子はどの星が好き?」
「 え?」
「 君が気にいる星を、ひとつだけ選んで。教えて。」
「 ・・・あの、淡い色の・・・ 」
わたしが指し示した星を、室井さんも指差す。
「 見ていてごらん。」
次の瞬間、室井さんの指先に。星に重なって、わたしの指輪が現れた。
目前の手品。
驚いているわたしの指にはめてくれる。
「さっきの星座の伝説のふたりは、恋人ではなくて、夫婦なんだよ。」
指に触れられて震えた。
だめ。
触れられると、感電したようになってしまう。
うっとりと指の星を見つめた。
わたしの乙女心は満たされて、あふれて胸いっぱい。
叩いてごめんなさい。
室井さんの背中に、指先で一瞬そっと触れた。
室井さんは
なぜか切なそうに、少し苦しそうに 微笑んだ。
続きます。
この先、Fly me to the moon (4)~は、軽いラブシーンになります。
プラトニックではない静信×沙子はいやな方はご注意願います。